eスポーツはオリンピック種目になるべきなのか?

最近更新が滞っておりまして,大変失礼しています.

今回は開催中のリオオリンピックと絡めて,eスポーツがオリンピック参入を狙っている背景に関する記事を訳しました.

読んでみるとeスポーツよりもオリンピックの成り立ちがよくわかる記事になっております.

 

元記事:SHOULD ESPORTS BE IN THE OLYMPICS?

 

 

我々はいつの日かそうなると考えているエキスパートたちと話した

 

1894年,ピエール・ド・クーベルタンが先頭に立ち,国際的なスポーツの公的組織を集め,世界を変えようとした.

フランスの貴族の家に生まれ,クーベルタンは高等教育の成果を満喫していた.しかし,政治と軍隊でのキャリアにも関わらず,スポーツの利益に関する研究にその半生を費やした.

クーベルタンは身体的な教育と学校スポーツが,人々により良い変化をもたらすと確信しており,ある会合で出席者たちにこう語ってオリンピックの創立を提案した.「人間には二つの側面,すなわち身体と精神,があるのみではない.身体と精神,そして人格の三つの側面があるのだ」

彼にはイギリス帝国軍を早期のスポーツ教育と結びつけたという功績もある.

1894年,クーベルタンはフランスにおいて,オリンピックを古代ギリシャ以来再導入することを世界中に宣言した.それ以来,オリンピックは世界を変え続けてきた.オリンピック期間中に起きた大事件は近代の歴史の記憶に刻まれてきた.1968年にトミー・スミスとジョン・カルロスが公民権のための抗議したものや,1972年のミュンヘン・オリンピックにおけるパレスチナ・テロリストによる襲撃などがそれだ.オリンピックは社会の変化の触媒として,そして変化の先触れとして役目を果たしてきた.

多くのスポーツにとって,オリンピックは正当化の手段でもあった.オリンピックを通して敬意が伴った認知と正当な立ち位置を得ることができる.一般的にはマイナーになってしまったソフトボールや卓球,トランポリンのようなスポーツでさえオリンピックに参加している.

クーベルタン自身は古代のスポーツに注目する狙いがあったが,彼の時代からでさえ,オリンピックはすべてのタイプの身体的能力と精神的能力を代表するまでに拡大し,古代ギリシャ人たちが行っていた競技を超えるものとなった.

現代,クーベルタンの活動が始まってから100年後,eスポーツのグループはオリンピックを,エレクトロニクス時代に十分に,そして真に至らせることを願っている.

そのためにはたくさんの仕事がなされなければならないことを賛同者たちは認めているものの,彼らはeスポーツにも20年近くに及ぶプロの歴史があり,eスポーツはオリンピックファミリーとしての椅子を得たとさえ言っている.

「eスポーツにはオリンピックにとって未開拓の観客がついているのです」そう,Treyarc社に所属するブランド・デベロップメントとeスポーツ分野のディレクターであるJay Puryear氏は語る.

「もはや時間の問題なんです.」

 

eスポーツはオリンピックの炎の口火を切る

 

2月,韓国の国際的なeスポーツ協会は国際オリンピック委員会(以下,IOC),オリンピックの政治的な主体組織である,に加盟手続きのための情報を請求した.国際eスポーツ連盟(以下,IeSF)は4月にIOCから返事を受け,12月には申請手続きが始まることになっている.

この申請は「eスポーツは合法化されるべき」という考え方への反対が背景にある.例えば,ESPN代表であるジョン・スキッパー氏は2014年に「eスポーツはある種の『競争』ではあるがスポーツではない」と言っている.あるESPNのコメンテーターであるコリン・カウハード氏はESPNがeスポーツをカバーしたら辞めるとまで宣言していた.

Tim Warwood氏,かつてのスノーボードチャンピオンからコメンテーターに転身したWarwood氏は,2014年のBBCで「eスポーツはウィンターXゲームズの外にいるべきだ」と発言している.

「この態度こそIeSFが抗議している点です」そう,事務局長のAlex Lim氏は語る.

「IeSFがスポーツの世界の一員になって手に入れたいのは,単にオリンピック種目になることだけではないんです.何十年もスポーツの世界で築きあげられた遺産を,分け合う一員になりたいのです.」

「eスポーツ産業とその独自の文化は拡大しつつあり,我々IeSFは44カ国の協会の集まりでありますが,eスポーツによる独自の遺産をつくり上げる責任を感じています.そのことは関係するすべての人々の利益となるでしょう.特にキーとなる利害関係者である,プレイヤーにとっては」

しかし,ペンシルバニア州立大学の運動学の教授である,Mark Dyreson教授によれば「スポーツ」に関する狭い解釈の上では,特にテレビゲームは少しも当てはまらないと言う.以下はクーベルタンが最初に競技を復活させたときまでさかのぼる運動に関する議論である.

「とても重要な質問です.なにがスポーツと,別種の競技とを分けるのか?どれだけ物理的な競争でなければならないのか?例えばチェスは,いくらかの文献ではスポーツとして扱われ,『Sports Illustrated*1』(スポーツ・イラストレイテッド)というスポーツ雑誌では70年代までチェスの情報が掲載されていました.」

(*1:アメリカの主流スポーツ雑誌.(web版) 健康的な水着グラビアも人気.)

Dyreson教授は,eスポーツがオリンピック競技に含まれるべきか議論する場合,オリンピックの背景も織りこむ必要があると言う.もともと,クーベルタンはオリンピックをアマチュア・アスリートたちを主役にしたものにしたかった.もらっていたとしても少額のお金程度しか受け取っていなかった者たちだ.

Dyreson教授が説明するには,オリンピックは初期の初期から,古代ギリシャとつながりのない競技が含まれていることを批判されてきたそうだ.このことは,古代ギリシャとのつながりのある競技に伴う階級主義が根本にある,そうDyreson教授は話す.オリンピックは,社会的リーダーシップを競い合う,「上流階級」のために考案され,彼らにふさわしいものとなった.野心を抱く男たちが,そして同時に男性のみが,参加していたことを意味していた.

このことはフットボールや野球,クリケットがオリンピック競技に含まれていないことを意味する.これらの競技は19世紀の終わりには既に強固なプロ組織が存在していた.

にも関わらず,そのときから既にオリンピックは古代ギリシャと全く脈絡も形も形態も関係のないスポーツを含めていた.Dyreson教授が説明するには,例えば10種競技は完全に陸軍士官が経験する訓練を完全に真似たものだそうだ.

「もっと面白いことのひとつはマラソンです.古代ギリシャ人は長距離を走ることには興味がなかった.そんなことは農民や伝令がやることでしかなかったのです.」

 

欠陥がある競技

オリンピックが発達するにつれて,運動的な要素をさほど必要としないようなスポーツが導入された.アーチェリーや馬術競技のようなものがそうだ.

「射撃スポーツとアーチェリーは身体的に必要とされる要素が最低限しかありません.こういうとアーチェリーや射撃関係者に怒られるのかもしれませんが.」そう,Dyreson教授は語る.

Dyrson教授はまた別のポイントを指摘した.もしeスポーツが「スポーツ」という認識を他の競技ほどただちに受けなくても,社会的文化の中での認識は大きくなり続けるだろう,ということだ.アメリカではeスポーツ競技者は「アスリート」として公的に分類されているし,ロシアではスポーツ省が公式にeスポーツをスポーツのカテゴリーとして認めている.

ノルウェーの学校では今や学校のスポーツカリキュラムの一環としてeスポーツクラスを設立している.世界的な大会は何百万ドルもの賞金を競技者に支払い,そして業界はアンチ・ドーピング規定を盛り込みつつある.これは国際オリンピック委員会が参加条件の一つとして提示した条件のひとつである.

身体的な要素はLim氏にとってもIeSFにとっても問題点ではない.IeSFはスポーツを規定するのは身体性だけでないとさえ言う.この議論はもっと「哲学的」になされる必要がある.

「全身運動やそれに関するスキルがスポーツには道理的に必要だと言うのなら,いくらかの競技はオリンピック種目から除外されることでしょう.」そう,Lim氏は語る.

「基本的に,スポーツ哲学の社会文化的なアプローチによって,スポーツはシステム化された『遊び』として定義されます.そして2016年に生きている若者には間違いなく,彼らのコミュニティはゲームを人間の競争に対する本能を代表した『遊び』だと認識しているのです.」

加えて,Lim氏が言うには,「物質主義的なアプローチがスポーツを系統だった『社会的な生活技能が活かされ,代表する』活動として定義されてきました.例えば農業社会では身体能力が重視され,身体的なスポーツへとつながっていったのです.」

「今や,現実は異なります」そう,Lim氏は語る.

 

オリンピック憲章においては何がスポーツに含まれ,何がそうでないのか曖昧である.IOCはこの点に関するインタビューには同意しなかったが,スポーツはIOCによって「存在を認められる」必要があるという声明を出している.このことはそのスポーツの国際協会がオリンピック憲章に従い,世界アンチ・ドーピング規定を適用することによって成立する.(ESL,Electronic Sports Leagueはアンチ・ドーピング対策を導入している)

IOCは以前にもチェスや他のカードゲーム等の競技を含めることを検討していた.「マインドゲーム」と称されたこれらの競技は,伝統的に加盟を許可されてこなかった.

しかし,業界ではeスポーツの場合は異なるだろうと話されている.Jay Puryear氏が語るには,eスポーツはオリンピック競技に含まれるだけでなく,マインド*2を超え,高い身体操作技能が必要であると認識される必要がある.それらの操作はブリッジやチェス,どちらもオリンピック競技への加入を狙っているが,それらの競技とは活用のされ方が全く異なる.

(*2:「精神性」と「マインドゲーム」とをかけた表現だと思われる)

「アスリートの視点から見れば,Call of Dutyの世界リーグの平均的なプレイヤーは,適切な時間にマップ上の適切な場所にいるためや,刹那の決断を下せるようになるために何時間も何時間もスキルの向上に費やしています.」

「本当に最上のレベルで競おうとすると時間の犠牲が必要になります.高いパフォーマンスのアスリートにとっては当たり前のことで,それはスポーツに限らずそうなのです.」

Puryer氏が言うには,チームスポーツまで含めれば,役割と戦略を組み込んでいる.過去の試合やチーム内の役割,そしてゲーム内の意思疎通を分析することなどがそれだ.

「これらはどのスポーツの最上級のレベルにおいても見られるものです.」そうPuryear氏は語る.

しかし,別の質問が持ち上がる.なぜ,もっと活発な身体的要素のあるスポーツ,例えばNFL(アメフトのリーグ)のようなスポーツが何年かのロビー活動にも関わらずオリンピック競技に含まれていないのだろうか.IOCは2012年にNFLの申請を却下している.

NFLの副会長のChris Parsons氏が2012年にFOXスポーツで伝えたことには,IOCによる認可は競技の成長にとって「とてつもなく大きな助け」になる.

しかし,かつてのNFLのシアトル・シーホーク,ミネソタ・バイキングス,オークランド・レイダーズでキッカーとしてプレイしていたChris Kluwe氏は,NFLが加盟するのに別の問題が妨げていると語る.eスポーツも例外ではない難題である.

「Leagues of Legendsで競技者が求められているものを見ると,毎秒適切な行動をするためにかなりの機敏さや反応速度が必要となることがわかると思います.」

NFLがオリンピック加盟に抱えている問題は,(*競技者として)参入する際のハードルが「あまりに高い」ことである.

「(*アメフトでは)コーチが必要なんです.それも複数のコーチが,です.そしてそれらが機能するための背景的なシステムも必要です.」そう彼は語る.

「一方コンピューターは非常に普遍的なものとなってきたし,誰でもそれらのゲームをプレイできますね.」

オリンピックはアマチュア・アスリートのためであるべきだという考えを単に満たすだけでなく,eスポーツはまたクーベルタンが競技に根源として抱いていた希望を満たすこともできる.eスポーツは若者の気力を惹きつけるのだ.

「我々は既に古代ギリシャと関連のないスポーツの加盟を目にしています.例えばバレーボールだってそうです.」Dyreson教授は言う.「そしてそのことは視聴率という点において素晴らしいことでしょう.Xゲームズのような他のエクストリームスポーツ競技のように,ビデオゲームは若者に幅広く支持を集める文化の一部となりつつあるのですから.」

「クーベルタンは墓の下でひっくり返るでしょうが,ここで展開されているのは歴史的なロジックなのです.」

オリンピック競技になるモチベーションのひとつはゲームが社会の主流派から阻害されてきた歴史による.そう加盟支持者たちは言う.ゲームが下層の趣味として扱われるネガティブな含意は,何年もの間,ゲーム産業に影響を落としてきた.オリンピックに加盟できればそれらの評価をひっくり返すことができる.

「その意味では,レクリエーションとして使われてきた卓球と比較することができます」そうDyreson教授は語る.「一度IOCの認可を受けさえすれば,社会から阻害されることはほぼなくなるでしょう.」

 

究極の選択

 

さて,ではeスポーツはオリンピック競技になるべきなのか?

 

Dyreson教授によれば,eスポーツは既に,他のIOCの認可を受けているスポーツの運動性を満たしているという.

この質問はIOCだけが決められることであるが,それはeスポーツが長期にわたって,伝統的なスポーツからいくつの署名を集まられるかということだ,とLim氏は言う.彼の経験から言うには,「雰囲気はポジティブに変わってきている」とのことだ.

「私が2016年のSport Accord Conventionに参加するためにスイスのローザンヌに行った時のこと.過去数年と比べて明らかに異なる空気を感じました.多くの主要なスポーツ団体が我々にコンタクトしてきたし,私がパネリストとして参加したパネルディスカッションにおいても観客はeスポーツを加盟させることに対して極めて好意的でした.」

「同時に,IeSFとIAAF,最大かつ最古の伝統スポーツによる国際協会とパートナーシップが結べたことは,国際的なスポーツ社会の動きを反映していると言えます.」

そしてESPNのスキッパー氏が2014年に抽象的な発言をしたにも関わらず,ESPNはより多くの競技ゲームを抱え込むようになった.ESPNはウェブサイトにeスポーツ専用のセクションを設けた.それはプロのeスポーツの試合によって何百万もの視聴数が稼げることの証でもある.

Dyreson教授はまた,もうひとつのキーポイントを指摘する.オリンピックは人気や視聴率,話題性などを必要としており,eスポーツを採用することはオリンピックに大いに新風を吹かせることにつながる.世界中の何百人もの人が既にeスポーツを視聴し,競い合っている.これらの活動をオリンピックのシステムに持ち込むことで,視聴率の急上昇がもたらされるであろう.

「IOCはTVについてなんとかしなければならないのです.」そう教授は言う.「一見ばかげたことでも,深く見ていくとそうでもないことがわかります.」

そしてDyreson教授は次のポイントに戻ってきた.1800年代に行われていたオリンピックの復活というのはある意味で,うわべだけの偽物だった.古代ギリシャのオリンピックをそっくりそのままコピーしたのではなく,そもそもそうするつもりもなかった.創始者たちによって「古代の知識がそれぞれの目的によって歪められていった」のだ.

そのため,eスポーツが伝統的なスポーツ,陸上や水泳など,とは異なるものであっても,Dyreson教授は次のような議論がなされることになるだろうと言う.もし古代ギリシャ人がコンピューターを持っていたとしたら,eスポーツに参戦していたであろう,という議論が.

「オリンピックの方向性は常に一緒ではなく,時代を通して変化してきました.しかし,中~高い社会階層の労働者がリーダーとして訓練されるために競技を助成することは,いつの時代も大切です」

「コンピューターの世界を通して人々が仲良く付き合えるのなら,その文脈上ではとても良い例となるでしょう.そんなことができるメカニズムがゲーム以外にあるのでしょうか?」

 


 

最近は,KOF14体験版やフライングの件でKOF関連の翻訳したい記事がなかったので,このような記事を訳してみました.しかし,内容(と英語)が非常に難解だったり,私生活が忙しかったこともあって更新が滞っておりました.失礼いたしました.

 

さて,内容と文章が難解なので簡単にポイントをまとめますと,

・オリンピックの定義と競技の関係

・eスポーツのスポーツ性について

・加盟へのネガとポジ

・オリンピックにまつわる視聴率関係の背景

がまとまっています.

これらを読んでいくと,eスポーツの加盟に限らず,スポーツの定義やオリンピック競技への加入の背景等がよくわかります.

特に昨今のオリンピックは競技ショー的な側面もあり,いろいろな利益関連での絡みが方針に影響していますので,このような成り立ちから見ていくことは理解の促進につながると思います.

 

eスポーツ関連については正直,いち格ゲープレイヤーとしてはわかりかねるところも多いのでコメントは控えさせてもらいますが,影響力が増大していること,オリンピックと噛み合うこともあればそうでないところがあることはわかってもらえると思います.

このような背景からeスポーツがオリンピックに進出しようとしてるんだな,という程度の理解で大丈夫かと.

 

ともあれ最初にも書きましたが,オリンピックの背景を知るためのいい記事だと思われます.

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