【動画翻訳】Core-A Gaming:挑発と心理戦

いつもハイクオリティなCore-A Gamingさんの格闘ゲーム論分析動画ですが、今回のテーマは「挑発」です。色々と物議をかもす挑発ですが、この動画では冷静に心理学的な側面から分析してのけています。ぜひ一度目を通してみて下さい。

※この記事は「挑発」行為を肯定する意図を持ったものではありません。

※スピード重視で翻訳したため、スクリーンショットは今回も無しです。ぜひ動画を流しながら翻訳を読んでもらえれば幸いです。動画の作りが素晴らしいので、再生数にも寄与していただければと存じます。

元動画:Analysis: Taunting and Mind Games

この行為は「屈伸」(*英語では”Tea bagging”)と呼ばれている。そしてこれはダウン、あるいはスタンしている対戦相手に非礼を働く行為だ。そのため、ストリートファイターのようなゲームでは、FPSで「屈伸」するのとはわけが違い、よく考えてやる必要がある。

カプコンカップ2016を優勝し、23万ドルを持ち帰ったNuckle Duは重要な試合中にも対戦相手に「屈伸」し、思考を誘導して、プレイを鈍らせた。

(実況)

「おー!スタンさせたぞ!」

「当初の我々の想像では…って、なんてこったいNuckle Du!」(*屈伸してからKOするNuckle Duのレインボー・ミカ)

格闘技においてはひっきりなしに挑発している姿が見られるし、偉大なファイターの一部は挑発を用いて相手の冷静さを失わせてきた(*モハメド・アリの映像)。その点では格闘ゲームでも変わらない。しかし、ご想像の通り、人々は挑発に対して異なる反応を見せる。ある者は単に笑ってかたづけ、またある者は挑発し返す。そしてもちろん、カンカンに怒る人だっている。挑発はこのように非常に効果的ではあるが、先日の『キラーインスティンクト』のワールドカップでは「屈伸」が禁止された。挑発に関する論争がFacebookでの殺害予告にまで加熱したからだ。もちろん、このことは格闘ゲームコミュニティで“eスポーツマンシップ”の欠如だと議論になった。

KBradのツイート

「俺は挑発と屈伸が禁止になってキレてるプレイヤーを見るのが大好きだ。おー、今やおすわりして試合をプレイするしかできないの?同情するよ」

しかし、私が非常に興味を引かれたのは下方向に何度も入れるだけの挑発行為の持つ固有の力だ。対戦相手をスタンさせることは一般的に、技を空振りしてゲージを貯めるチャンスになるが、より多くのプレイヤーがゲージよりもメンタルへのダメージを好む。挑発行為を肯定する人々は大抵の場合、挑発が心理戦においていかに大切か論じがちだ。

Keitsのツイート

「格闘ゲームは心理戦だ。相手を挑発することは心理的なプレイだ。挑発の禁止は重大な人間的な側面を取り去ってしまう。」

しかし、そのことが何を意味するか理解することは、いかに心理戦が働くかを理解することにつながる。心理戦の2つの主な要素は、「コンディショニング」「情動的効果」である。「コンディショニング」は相手に特定の行動をさせることで、後ほどその行動を釣ることにつながる。

(キラーインスティンクトの実況で)

「おー、カウンターブレイカーだ!*1」

「こいつはでかいぞ!」

(*1:「カウンターブレイカー」とは、キラーインスティンクトにおける主要システムである、読みでコンボを途切れさせる「コンボブレイカー」をさらに読みで封じる対抗策である。非常にハイリスク・ハイリターン。)

もしくは、相手を怖がらせて固まらせることもこれに通じる。

(Phenomネカリvs梅原リュウ)

「ちょうどいいタイミングで、ほい来た、コマンド投げだ!さらにもうひとつ!」

「4発目が来るなんて思いもしなかった!」

「ほい来た4発目!」

心理学においては「コンディショニング」には主な2つのタイプが分類されている。「古典的条件付け」「オペラント条件付け」だ。「古典的条件付け」は、刺激が我々の反射を引き出すというもので、「パブロフの犬」がベルを聞いただけでヨダレが出るようになったり、または子供が父親がグラスに氷を入れている音で泣き出すような現象に関連するものだ。

「オペラント条件付け」は、誰かの決断をコントロールするために「アメとムチ」を用いることに関連していて、競技的なゲームにおいては恐ろしいものだ。1930年代の心理学者、バラス・スキナーはマウスやハトの自発的な行動を「スキナー箱」と呼ばれる装置を用いてコントロールできることを示した。例えば、もしハトが「赤いディスクをつつく」といった求められた行動をしたとき、エサというごほうびが与えられると、そのことにより行動の回数が増える。このことは「強化」と呼ばれている。もし実験体がなにかを失敗したとき、電気ショックを受けることにした場合、行動を繰り返す機会は明確に少なくなった。これは「弱化」と呼ばれている。オペラント条件付けは非常に効果的なので、実際にハトにサインを認識させたり、ピンポンをやらせたり、冗談で言ってるわけではないが、印象派からキュビズムの絵画まで区別できるようになった。

この学習プロセスは格闘ゲームで必殺技を使う時に見ることができる。ナッシュのEXムーンサルトがいい例だ。もし、EXムーンサルトが相手に当たるようなら、繰り返し使うことだろう。もし、反撃されたり、あるいはあまり効果的でなかった場合、使うのを控えることだろう。このような「コンディショニング」に関するシンプルな事実によって、プレイヤーは固まってしまう。もしその行動が効果的で、あなたが止める術を持たないのなら、何度も繰り返されることだろう。しかし、その行動がイライラするものであればあるほど、トレーニングモードで対抗策を見つけ、さらに実戦で「こすり」を咎められることほど気持ちいいものはない。

以上がいかに「コンディショニング」が働くかである。ではどうやって対戦相手に応用し、相手を「ハト」にできるのだろうか?幸運なことにプロゲーマーのXianが投げキャラ使いに対して、コンディショニングに関連したアドバイスをTwitterで行っていた。ビギナーのザンギエフ使いは相手に近づくや否や、最も強力な技であるスクリュー・パイル・ドライバー(*SPD)を使いたがる。しかし、問題は対戦相手がまっすぐ上にジャンプしたとき、いわゆる垂直ジャンプをしたときだ。そうして自分が完全に投げを外してしまったことを知り、そして大きなスキを晒して300ダメージ以上の痛いコンボをもらうことになる。もし、無事にSPDを相手に決めたとしても200ダメージほど与えるだけだ。一目瞭然、これはザンギエフにとって望ましい状況ではない。では、どうすれば近づいた時に相手が垂直ジャンプをするのを止めさせられるのか。

ひとつの方法は単純に垂直ジャンプを咎めることだ。例えば、相手に近づいた時、SPDを出そうとはせず、通常投げのようにダメージは減るものの、より安全な別の行動を行うことだ。パイルドライバーに巻き込むことはできないが、相手の直腸にダメージを与えられるので…まあ悪い選択肢ではない。しかしより重要な事は、通常投げはスカされてもスキが少ないので、対戦相手が垂直ジャンプで避けても、降り際をラリアットや肘、“クレジットカード・スライド*2”、その他の技で迎撃できる。このことを十分な回数繰り返すと、対戦相手が垂直ジャンプをやめ、より安全な行動を取るように「コンディショニング」できる。より安全な行動といえば、バックジャンプだ。さて、ここで近づいてSPDを決めにいって避けられたとしても、垂直ジャンプの代わりにバックジャンプをするので痛手はない。対戦相手にバックジャンプをさせることは投げキャラには欠かせない要素だ。そして投げキャラの多くがバックジャンプを捕まえられるようデザインされている。(*ボンちゃんサガットにメガトンプレスを決めるAlex Valleヒューゴー)

(*2:ザンギエフの立小Pのチョップが、クレジットカードを読み取り機に通す動作に似ているというジョーク。)

キャラクターのプレイスタイルを決める決定的な特徴の1つは、どのような感情を対戦相手に抱かせるか、である。なぜなら、感情は判断力に影響するからである。お察しの通り、「投げキャラ」は恐怖を煽るようにデザインされている。恐怖は人にリスクを取らせづらくさせる。いい投げキャラがあなたを慌てさせ、逃げたいと感じさせるのはそのためだ。

「恐怖に対するコントロールを失ってしまうことにより、恐怖した個人はリスク回避的な選択を(しかもより強い傾向を以って)選択してしまう。」(Jennifer S. Lerner; Dacher Keltner(2001))

だが、興味深いことに「恐怖」がリスク回避的にさせることを論じた同じ論文において、「怒り」は全く逆の効果を持っていることが述べられている。怒りは実際に幸福感や楽観主義と共通点があり、よりリスクを取るようにさせる。また、怒っている人はテロに対してより少なくリスクを見積もり、金持ちと結婚できると思うか、という点においてはさらに楽観的な認識を示した。あなたが充実しているときに大胆な行動を取るのと同様の効果を「怒り」は持つ。このことがなぜ怒ると時々勝つことがあるのかを説明している。

さて、ここまでで怒ることが安定した戦略ではないことはわかってもらえただろう。特に対戦相手がそう仕向けているときには、だ。投げキャラが恐怖を呼び起こすデザインとなっているのと同様に、目的を以って相手を怒らせ、イライラさせることで相手によりリスキーな行動を取らせるデザインのキャラタイプがある。古典的な例は、ガイルやその他の「遠距離キャラ」だ。ここでのゴールは伝統的に、相手がイライラして前飛びなどのリスキーな接近をしたり、無謀な横押しをしてくるまで、出来る限り自分から対戦相手を離れさせることだ。相手を我慢できなくさせることに成功した場合、対戦相手を文字通りこちらのパンチに当たりに来てくれる状況が作れる。

(*Nuckle Du vs ふーどの実況)

「うおおおお、Nuckle Duが大攻撃3連発で決めたぞ!」

これがなぜNuckle Duがこれだけ強いのか、私が考える理由だ。彼のメインキャラクター2人はガイルと我らがレインボー・ミカ、すなわち「遠距離キャラ」「投げキャラ」だ。表面的には彼の二刀使いは不利な組み合わせをカバーするためであるように見える。しかし、すさまじいほど異なる感情を抱かせるキャラクターを使うことは、対人戦では計り知れないほどの効果を持つ。Nuckle Duはそのことをカプコンカップ2016でMOVにガイルを使い、そして同じ春麗使いであるRicky Ortizにミカを出した時に見せている。

恐怖と怒りは基本的な感情のうちの2つに過ぎないが、人にはどれだけの複雑な感情があるのか、そしてそれぞれが異なる方法で以って、いかに我々の決断力に影響するのか考えることは面白い。自棄になったとき、多勢に無勢な劣勢に陥ったとき、あるいは落ち込んでいるとき、我々はどう感じるのだろうか。相手に恥をかかされたと思っているときはどう感じるのだろうか(*屈伸合戦をして下段を喰らってしまうMike and Ikeララ)。挑発は様々な感情が入り交じったものを起こさせるが、屈辱は主たるものの1つだ。遠距離キャラや投げキャラと同様、屈辱を起こさせるキャラタイプがある。ジョークキャラだ。ジョークキャラはバカバカしく、弱くデザインされているが、ジョークキャラの強さの1つは対戦相手に「勝たねばならない」というプレッシャーを、例え格下相手であっても与える点にある。しかし、ジョークキャラ自体は「ジョーク」に過ぎない。心理学者のニール・バートンは「誰かに恥をかかせることは、その人のポジションを否定し破壊することで権力を行使することである」と書いている。

(屈伸合戦を演じたPunkへのインタビュー)

インタビュアー「先程のMike and Ikeとのマッチは何が起きていたのですか?」

Punk「俺が勝つことはわかっていた。やつは俺に対してたくさんトラッシュトークを仕掛けてきたけれど、俺はマッチでガキに立場を知らしめただけだ」

インタビュアー「格闘ゲームの屈伸に関するあなたの意見を聞かせてください」

Punk「えーと、特におかしいことではないとは思うけど、誰が一番なのか知らしめるために屈伸する必要があったんだ」

一部の人は、疑似殺人ゲーム*3をプレイしておきながら、その中での「屈伸」にイラつくと聞いて驚くかもしれない。でも「屈伸」(*挑発)が実際に殺したり、そうするであろう活動においても禁止されていることを聞けば理解することだろう。もちろん、その活動とは「戦争」である。赤十字の創設者であるアンリ・デュナンは人道的・道徳的な規約として「ジュネーブ条約」を提唱し、196ヶ国が批准した。これらは本質的には戦争のルールとなり、拷問や、降伏のフリなどを禁じた。だが、繰り返し述べられているのは「個人の尊厳を踏みにじること、特に辱めたり名誉を傷つける行為」の禁止である。もしかすると戦争はesportsにまで達しているのかもしれないが、例え殺し合っていても我々はおたがいの尊厳を守らねばならないことを世界的な約束事としている。1973年の有名な研究では、人々は「死」よりも「集団に対して演説すること」に、より多くの恐れを抱いていることが示されている。屈辱への恐怖は非常に確かなもので、挑発が効果的な理由は屈辱への恐怖を対戦相手に植え付け(情動的効果)、同時に「弱化」(コンディショニング)にも使えるからである。

(*3:原文は“murder simulator”。FPSやTPSに代表される、ゲーム内で人を殺したり傷つけたりするゲーム全般のことを指している。)

(Nuckle Du vs XianでNuckle DuがEXサマーソルトキックをガードされ、手痛い反撃を喰らった上にVトリガー屈伸投げを喰らう)

この後、Nuckle Duは相手の連係において、EXサマーソルトキックを残りのセットで一切出すことはなくなった。

もしあなたが格闘ゲームや格闘技の文化に触れるのならば、地位を築き上げ、そしてそれをブチ壊す行為はしょっちゅう見られるだろう(*KBradとWolfkroneとの確執、コナー・マクレガーによるジョゼ・アルドへの度重なる挑発)。それらは、マッチの前のトラッシュトーク(*マイク・タイソン)や、マッチ後の勝利画面、そしてもちろんマッチの最中でも見られる。これらは完全なるスポーツマンシップの欠如に見えるが、暗黙の了解がある。地位に対して攻撃をすることが許容され、あるいは奨励されるのは、「はるかにスキルが下の相手には行わない」場合、そして「ゲーム内でのスキルに関係することのみを攻撃する」場合のみである。ファイターであるということは、自信に対する攻撃に対応できるということでもあり(*サガットの格好をしたアンジェラ・ヒル)、ブルース・リーやももちのような冷静なメンタルに対して我々が感服する理由でもある。人が試練に晒されるとき、彼らの真の人間性を見ることができる。そして、そのような個々の人間性こそが、格闘ゲームを繰り返し観たくなる理由である。プレイヤーたちが握手をし、あるいは握手をキャンセルしてグータッチしたり、“Good Game”と言える限り、我々は楽しめるのだと思う。

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