【翻訳記事】『サムライスピリッツ』をつくった男たち ― 3人の元「侍組」メンバーへのインタビュー

KSB2017おつかれさまでした。

1ヶ月かかってしまいましたが、ようやく元・侍組インタビューの翻訳記事を掲載することができます。

『サムライスピリッツ』の誕生秘話から、昔のゲーム開発現場の裏側まで網羅した長めのインタビューになっております。アーケードアーカイブスでも登場している『サムライ』のメイキングについて楽しんでいただけたら、と思います。

元記事:The making of Samurai Shodown A rare interview with three former team members (April 10, 2017)

※画像は元記事より引用しました。

注)初代は『SAMURAI SPIRITS』が正式名称ですが、簡略化のために『サムライスピリッツ』表記で統一いたしました。また、情報として曖昧な部分もございますが、あくまで翻訳なので明らかな間違い(例:”Kita Senri”が”Kita Senji”になっている)等を除けば原文に忠実に訳しています。

 

1993年、SNKは『サムライスピリッツ』をリリースした。『サムライスピリッツ』は武器を主体にした2D格闘ゲームのパイオニアであり、18世紀の日本を舞台にして放浪の浪人:覇王丸、カルフォルニア出身の忍者:ガルフォード、そしてアイヌの鷹使い:ナコルルなど、象徴的なキャラクターを擁していた。格闘ゲームにおける本物のレジェンド作品であり、全盛期には激しい剣の応酬と、大きく、美しいドット絵により名を馳せた。

シリーズは時を経て、特に最新機種にて製作されなくなったため、勢いを失ってしまったものの、殊に最初の2作品はストリートファイターやKOF、ギルティギアといった2D格闘ゲームのレジェンドたちと肩を並べる作品であることに反論の余地はないだろう。

しかし、SNKの最もリスペクトされた作品の1つでありながら、初代『サムライスピリッツ』の開発チーム、「侍組」についてはあまり知られていない。セガのAM2研のようなチームは90年代を通して目立っており、いつも最新ゲームをデモンストレーションしたり、メディアのインタビューに露出したりしていたが、「侍組」は見えない所でせっせと働いていた。多くのサムライスピリッツファンにとって、唯一認識できる貢献者は、SNKの全盛期に思い出深いイラストの多くを製作していた、アーティストの森気楼だけである。

現在、多少息を吹き返したSNKと共に、我々はオリジナルの「侍組」のメンバーを追跡し、『サムライ』シリーズの根源を知るために探求の旅へと出た。東京ゲームショー2016における契機となった会話により、オリジナルのシリーズ製作者、プランナー、プロデューサー、ディレクターで、数年後にSNKがプレイモア社と合併に至るまでシリーズを牽引していた足立靖氏と接触することができた。この幸運によって、ゲーム史上最も謎めいたシリーズのひとつである『サムライスピリッツ』のストーリーへとたどり着けたのだ。

 

『キング・オブ・ザ・モンスターズ』

我々と7,000マイル近い距離をはさんでテレビ電話で足立氏、『サムライ』背景デザイナーの 福井智章氏*1、作曲家のたてのりお氏*2が集った。

現在、たて氏は独立した作曲家で、足立氏は(西欧では)あまり有名ではないが成功しているエンジンズ社、様々なクライアントとゲーム開発を行っており、おそらく特筆すべきところでは『Ultimate Marvel vs. Capcom 3』の開発に携わっている、エンジンズ社の社長をつとめている。福井氏も現在エンジンズ社で働いており、SNK時代からの上司である足立氏との関係を続けている。

この会話の中では、さまざまな分野について話題にのぼった。シリーズの誕生秘話(当初は格闘ゲームではない予定だった)とか、斬撃音のために誰がバラバラにされたのかとか、背の丸まった鉤爪付きの不知火幻庵が図らずもシリーズスタートの原動力となったことなどである。

*1:英語表記“Tomoki Fukui”氏。漢字が間違っていたら申し訳ありません。
*2:「TATE-NORIO」表記もなされる。

 

James Mielke(*以下、「JM」表記):『サムライスピリッツ』は格闘ゲームのジャンルにおいて最も象徴的な作品の1つです。キャラクターは印象深く、ゲームシステムも一流です。当初の製品は単に『ストリートファイター』的な2D格闘ゲームを作ることを目指していたのでしょうか?それとも別のものだったのでしょうか?

足立靖氏(*以下、「足立」表記):私が唯一SNK関係者でこのことを知ってると思うのですが、最初のアイデアはいろんなモンスターが出るアクションゲームだったのです。その後コンセプトが進化したのですが、それらのモンスターの「生き残り」が不知火幻庵なのです。

JM:どうしてデザインを変えたのでしょうか。

足立:モンスターの出るアクションゲームのコンセプトをつくっているとき、私は何がグローバルに受けるのか検討していました。最終的に、はっきりと日本的な特徴を持った、侍や忍者が戦う格闘ゲームの方がモンスターの出るゲームよりもいいだろうと考え、それに伴ってコンセプトも変わっていったのです。

JM:ということは当初のモンスターの出る2Dゲームは『ダブルドラゴン』や『ベア・ナックル』のようなベルトアクションゲームを想定していたのですね。

足立:その通り!よくわかってますね。

JM:確認しますが、以下のような理解でよろしいでしょうか。『サムライスピリッツ』は当初は『ダブルドラゴン』のような横スクロールゲームで、幻庵が主人公で、モンスターと戦う、という。

足立:いや、当初はたくさんのモンスターがいたんです。幻庵はそれらモンスターの中の一人なのです。

JM:では幻庵がオリジナルのコンセプトから、最終的に『サムライスピリッツ』に至るまでに生き残ったキャラクターであるのは間違いないのですね?

足立:そうです。私は「シザーハンズ」的アイデアの大ファンで、幻庵の腕の着想もそこから得ました。幻庵は私にとって大切なキャラクターなのです。

JM:当初のコンセプトでは、幻庵はプレイアブルキャラクターだったのでしょうか?それとも敵モンスターだったのでしょうか?

足立:彼はプレイアブルなメインキャラクターの一人です。私はダークヒーローが好きなのです。

JM:「シザーハンズ」から着想を得たということですが、それはティム・バートンの『シザーハンズ』からですか?それとも『エルム街の悪夢』のフレディからですか?

足立:ティム・バートンの『シザーハンズ』からです。

JM:ではなぜ幻庵はジョニー・デップみたいなハンサムなキャラではなく、緑の背が曲がったキャラにしたのでしょうか?

足立:同意してもらえると思いますが、幻庵はジョニー・デップよりもハンサムなのです(笑)。

JM:その通りです。確かに、ジョニー・デップよりも”ハンサム”です。

足立:ありがとう。インタビューの時間を伸ばして差し上げます。

 

絞り込み

JM:『餓狼伝説』がSNKにおける『ストリートファイター』のようなもので、『餓狼伝説』は素手での戦い(*例外はあります)となっていたのに、『サムライスピリッツ』は武器対武器の戦いです。(どうしてそのようなアプローチを取ったのでしょうか?)

足立:武器対武器の恐怖、剣で戦うことのインパクトを表現したかったのです。覇王丸の刀で斬られた時に多大なダメージを受ける理由はそこにあります。剣で斬られると、体力バーの約半分がなくなってしまうのです。一撃でそれだけ体力が減ってしまうことに社内でも批判が起こりました。経営陣はこのデザインは変えるべきだと言ってきたのですが、私はプレイヤーたちが武器で戦うリスクと恐怖の元で戦い、また武器の破壊力を感じることがとても面白いものだと考えていたので、無視してそのまま残しました。

JM:剣による高いダメージは実際、理にかなっています。もし明日私が刀の切っ先を当てられたとすれば、少なくとも体力バーの半分は失われると自信を持って言えます。

足立:間違いないです。でも現代のゲームでは通らないでしょうね。ご存知の通り、開発者がゲームを作るにしてもマーケティングやモニター調査をもとに調整した品質管理が求められます。現代のゲーム開発では最終決定にマーケティングの結果を考慮する必要があるのです。今や我々は、ダメージがバラバラでバランスが取れていない、そんなゲームを作ることはできないのです。今日では基本的には許されないような、物議を醸すデザイン方針だったと思います。

JM:ゲーム開発の黎明期は、現代のようにテストグループやマーケティングによって修正されることなく、デザインの純粋さを保つことができたんですね。

足立:ゲーム産業は成長途中にあったし、開発者の自由度も高かったのです。とても楽しくワクワクできた時代でした。

JM:フィードバックは主にアーケードで行っていたのでしょうか?

足立:はい、基本的には。人々がプレイしているところを観たり、録画したりして、オフィスに持ち帰って映像を観なおしたりしていました。でも、正直なところ気にしていませんでした。

JM:そうでしたか。ゲームは江戸時代の日本が外国人とコンタクトを取り始めた時期を背景としており、そのおかげでフランス人やその他の外国人キャラが存在できています。『サムライスピリッツ』の設定の全体的な方向性はどのようなものだったのでしょうか?

福井智章氏(*以下、「福井」と表記):足立さんが製作の方向性を提示し、そのことで全体のデザインの詳細なところを詰めることができるのですが、海外市場でもウケるようなステージを作るのが彼の方針でした。日本人と外国人のキャラクターを作ることで、より広く、グローバルな顧客にウケることを狙ったのです。ステージはキャラクター固有です。例えば、シャルロットはフランスの騎士であるため、シャルロットのステージはフランスの城の中にしました。

JM:あなたにとって特別な背景ステージはありますか?

福井:ナコルルのステージではたくさんの生き物がいますが、その中に猿がいるのです。ナコルルは北海道のキャラクターなのですが、現実世界では北海道には猿は棲んでいないのです。私はそのことを知らずに猿を配置したのですが、リリース後にファンからそのことについて質問されたのです。私はそれに答えねばならなかったので、ナコルルはとても動物に人気があるために野生の猿が彼女の応援に津軽海峡を渡ってきたのだと答えました(笑)。

JM:シリーズの時系列は飛び飛びですね。例えば、『サムライスピリッツ』はシリーズの時系列では2番目ですし、2作目の『真サムライスピリッツ覇王丸地獄変』は5番目に当たります。年代に合わせて設定に調整を加えたりしたのでしょうか?

福井:足立さんが常に我々に言っていたことは、特に柳生十兵衛や天草四郎、その他実在の人物になぞらえたキャラクターについて、現実感を保つことだったことを覚えています。彼はすべてが架空のゲームではなく、実際の出来事や実在の人物に忠実であろうとしました。そのため、シリーズの時系列はあまり気にしませんでしたが、キャラクターの現実世界での環境への忠実さと、シリーズ作品間の継続性には非常に気を遣い、独立した作品にならないようにしました。

JM:背景アートや開発に限らず、何か飛び抜けたエピソードはありますか?

福井:『サムライスピリッツ』について訊かれたとき、とてもウケがいいエピソードがあります。『サムライ』には「怒りゲージ」と呼ばれるゲージがあります(筆者註:欧米では“Rage guage”や“POW bar”と呼ばれます)。基本的には画面下部に位置するサブのゲージで、『サムライ』が画面下部のサブゲージを導入した最初の格闘ゲームだったはずです。足立さんがそのアイデアを考えついたのですが、そのインスピレーションを得たのは調査のために開発チーム全員で『ストリートファイター2』をプレイしていた時でした。足立さんと私が対戦していたとき、私が勝つので足立さんはイライラしていました。負けに足立さんは頭に来ていて、1分ほど黙りこくったままでした。そして、突然彼は立ち上がって叫んだのです。「怒りゲージ満タンだ!」と。そして我々はプレイヤーがゲームに負けたときに感じるフラストレーションや怒り、イライラを取り上げ、ゲームシステムに組み込むことにしました。それが怒りゲージのインスピレーションを得た現場だったのです。

JM:ということは、みんな間接的に『ストリートファイター2』の開発に感謝しなければなりませんね。

福井:間違いないです。

JM:先ほど触れられたように、当時SNKとカプコンの間にはライバル関係がありましたね。カプコンにはCPS-2が、そしてSNKにはNEOGEOがありました。そのような制限された技術は開発に影響していましたか?ハードウェアの状況について強く思うところがあったり、フラストレーションがたまることはありましたか?

足立:プログラマーは確かにフラストレーションを感じていました。(たてのりお氏の方を向きながら)サウンドはどうだったんです?

たてのりお氏(*以下、「たて」表記):こちらはそれほどでもなかったです。出したいサウンドを出すのに制約を感じたことはありませんでした。少なくとも家庭用ゲーム機に比べれば全然ありませんでした。

足立:そうそう、当時はアーケードと比べて家庭用の制約は大きかったです。

たて:もし、CPS-2とNEOGEOとの比較で言っているのなら、NEOGEOで制約を感じたことはありません。我々の能力の範疇で必要なサウンドを作る分には問題ありませんでした。

JM:初代PSやセガサターン、その他の家庭用機でゲームを作り始めるまで、SNKの歴史の大部分においては基本的にNEOGEOにこだわってきました。しかし、NEOGEOは他の家庭用機ほど発展しませんでした。

足立:当時は若くて物を知らなかったから、そのようには捉えていませんでしたが、思い返してみると2つ良いことがありました。1つ目はNEOGEOの制約のもとで開発することで、我々はクリエイティブになり、プレイヤーにとってゲームを面白く、楽しめるものにする方法を模索するようになりました。制限のないハードウェアのもとでは考えが及ばなかったであろうものがいくつもあります。2つ目は、制約のもとで最大限のクリエイティビティを発揮しようと奮戦していたので、業界が後々携帯ゲームにシフトしていくときに多大な制約に直面したのですが、エンジニア達はそれにうろたえることはなく十全に仕事をしてくれました。

 

サウンド・デザイン

JM:スペックの制限の話つながりで、シリーズにおけるたてさんの働きも見ていきましょう。たてさんはBGMに加え、すべてのSEも担当していたかと思います。

たて:そうですね。

JM:NEOGEOのオーディオ性能はどうだったのでしょうか?

たて:初代『サムライスピリッツ』を開発していた当時、ライバル社と違って、我々はPCM形式(筆者註:Pulse-Code Modulation)を使っており、他と比べても優れていました。現在と比べると確かに性能的に制約もあるのですが、PCM形式を採っていたのでゲームにクオリティの高い音を提供しようとしてましたし、実際できていました。

例えば、ダメージを喰らうときの効果音について、1キャラクターがダメージを負う時、10の異なる音が割り当てられていました。初代『サムライ』を作っていた当時、我々は効果音をいかにリアルにするかにこだわっていました。当時のゲームは「アー!」とか「ぐわー!」といったわかりやすいサウンドに限られていたのです。そこで我々はもっと細かい効果音を加えることができたのです。深いため息や、攻撃の合間の呼吸音などといったものです。それらの効果音を試合中にランダムに流すようにプログラムした結果、ゲームは一層リアルに感じられるようになりました。ダメージを与える攻撃音についても、連続攻撃の間に複数かつ連続的に出すようにしたことで戦いがよりリアルになりました。このように、NEOGEOのおかげで我々は新しいことに挑戦できたのです。

JM:ゲーム開発の黎明期においては、ゲームの声を担当してくれるハリウッドスターもいませんでしたし、事務員さんやアニメーターさんにそれぞれキャラの声を担当してもらったり、ということがままありました。『サムライスピリッツ』におけるキャラの声はどうだったのでしょうか?

たて:『サムライ』の前のプロジェクトでは自社のスタッフの声を録音していたことを覚えています。私自身、一度モンスターの声を担当したことがあります。しかし、『サムライスピリッツ』においては全てのキャラクターにきちんと声優さんを採用しました。彼らを音声スタジオに呼んで、必要な声をそれぞれ録音したのです。

JM:収録に関してなにか面白いエピソードはありますか?

たて:収録自体は短い時間だったのですが、私はかつて一度俳優を目指していたことがあったので、演技にはうるさかったのです。ですので、声優さんがあまりに要求と異なる演技をしているとき、スタジオに乗り込んでどう演技してほしいか自分で実演したことがあります。

足立:それはアホやん(笑)。

たて:(笑)

JM:BGMには日本の伝統的な楽器、三味線や琴、太鼓といったものがたくさん使われております。後の作品になると演歌さえ入ってきました。確かに『サムライスピリッツ』と言われれば不思議ではありません。しかし、グローバルなマーケットを想定した際、それらの音楽が海外で受けない可能性について考えたことはありましたか?

たて:うーん。当時はアホだったんでしょう(笑)。我々は日本伝統のサウンドを使うことのリスクや、音楽に対する周囲の反応など考えたこともありませんでした。我々は今までになかったなにか面白いものを作ろうとしていて、それが『サムライ』の強烈さと合致し、日本の芸術的感覚を伝えることになったのです。私は単にこれらの要素をいかに描写するかに腐心していただけです。

足立:今でも覚えてますが、たてさんが当時あるシーンで一切の音を使わない、すなわちSEもBGMも使わない決断を下したとき、私は感嘆し、たてさんを賞賛しました。

JM:それは足立さんはたてさんに音楽関係のディレクションを完全に任せていたということなのでしょうか?

足立:もちろん、大まかな方向性については議論しますし、私が強く感じたことについては調整してくれるようお願いすることもありました。でも、大体の場合、彼はSEにおいてもBGMにおいても非常に優秀なので、多くの部分はたてさんに任せていました。

JM:たてさんは当時SEや日本の伝統的な音楽について豊富な経験をもっていたのでしょうか?それともゲームのために学んだのでしょうか?

たて:『サムライ』のプロジェクトについてから日本の伝統音楽について学び始めました。それまで、正式な訓練をうけたことはありませんでした。

JM:あなたが手掛けた『サムライ』の音楽の中で最も気に入っているものは何でしょうか?

たて:『サムライスピリッツ 斬紅郎無双剣』の音楽が一番好きです。特に首斬り破沙羅のBGMが好きです。曲がキャラクターの狂気に合っていますし、曲の使われるステージの背景の色ともマッチしているのです。私が最初に『サムライスピリッツ』で書いた曲は覇王丸と橘右京のものです。2つは実は同じ曲なのです。彼らは最初は『サムライスピリッツ』の陰と陽を代表する2人の主人公だったのです。彼らにスポットライトを当て、他のキャラと区別するために同じメロディを使っているのです。同じメロディでも覇王丸は激しい三味線と太鼓で、逆に橘右京は静かで平和的なアレンジがなされています。2つのテーマ曲は2人の対照的な人間性を反映しているのです。

同様に同じコンセプトの曲を使っているキャラのペアに、 日本の忍者と海外の忍者である、服部半蔵とガルフォードがあります。服部半蔵は日本的なアレンジですが、ガルフォードの方はそのメロディをロックンロール調にアレンジしたのです。

JM:BGMにコンセプトとしての深みがあるのは素晴らしいですね。SEについてですが、特定の音を出すのにどうやっているのか非常に興味があります。『サムライスピリッツ』には様々な形や素材、サイズの異なる武器がぶつかり合っています。いつも思い出すのは、『スター・ウォーズ』の音響ディレクターのBen Burtのことです。彼はスイカを潰すときの音を遅く再生したり、早送りしたりして音を作り出すなど、画期的な手法を導入しました。どうやってたくさんの武器のSEを作り出したのでしょうか?

たて:様々なことをやりました。例えば、剣と剣が鍔迫り合うときの音は、オフィスの流し台と様々な金属製のものを擦り合わせて作り出しました。日本ではそのような手法がたくさん用いられます。また、攻撃が成功して肉体を斬るときの音は、キャベツを切る音を加工して作りました。

JM:2人の人に刀を渡して斬りつけあったわけではないんですね。

たて:それはありませんでしたね(笑)。でも声の収録のとき、我々は声優さんが剣で斬られたときのリアルな反応をするよう追求しました。連続的に言葉でやられ声を表現するので、声優さんが出せる限り思いついたものは何でも使いました。声優さんたちは比較的若く、真剣に取り組んでいたので、いつも最後は嘔吐する時の効果音の収録話をせねばなりません。ネタバレすれば、実際に吐いてしまったときのために声優さんのとなりにバケツを置いていたのです。

JM:今それらの音を作るとき、手法が変わるものはありますか?

たて:現代のスペックでやるなら全く異なるでしょう。ブルーレイクオリティになりますね。

足立:今度は実際の刀で斬り合いさせるでしょ?

JM:たてさんは『ファイナルファンタジー』シリーズの植松伸夫氏のようにバンドを組んでライブツアーをして回ることに興味はありますか?『サムライ・ショウダウン・ショウ*3』みたいな名前で。

たて:『サムライ』の曲をコンサートで演奏している人なら知っていますが…。

足立:CDでオーケストラ版が出ています。『餓狼伝説』のものも同様です。

たて:交響曲仕様も含めて3つのCDが出ています。異なる3作品より、それぞれ1つずつです。

*3:英語名“Samurai Shodown”と“Show”をかけた名前

グミではなく、組

JM:別の話題に飛びますが、西欧では『サムライ』の開発チームについて情報があまり知られていません。似たようなチームに関してはかなり有名なのですが。『サムライ』の開発チームに名前はあったのでしょうか?

足立:「侍組」と名乗ってました。おそらく、初めて公式ウェブサイトを持ったチームでしょう。

JM:まだ残っていますか?

足立:まだあると思います。漢字で「侍組」と検索してくれれば…(実際に検索して)、ああ、まだ残ってますね

JM:おお!本当に残ってるんですね。これが本物の『サムライ』開発のサイトですか。こちらはファンに情報を提供するために作ったのでしょうか?

足立:私は簡単なコミック・ストリップや資料を投稿していました。これは非公式なサイトでSNK本社には許可を取っていませんでした。

JM:それは驚きですね。トラブル等はなかったのでしょうか?

足立:最初は会社に知られるとは思ってなかったんです(笑)。

JM:それはすごいですね。日本の開発者たちは会社が認めていないことに関して一般的にはとても消極的ですからね。

足立:人の言うことに耳を貸してませんでしたからね(笑)。そもそも、会社人間になりたくなかったからゲームデザイナーになったのです。ですので、他のビジネスマンがしないことばかりしようとしていました。

JM:ロックですね。

足立:ちゃんとそう書いておいて下さい。

JM:当初の侍組はどれぐらいの規模だったのでしょうか?そして、『斬紅郎無双剣』にかけて大きくなったのでしょうか?

足立:初期は大体20名ぐらいでしたね。その後50名にまで大きくなりました。

JM:SNK内の他のプロジェクトチームでライバル関係にあるチームはありましたか?

足立:個人的に言えば、ライバルなどいなかったですね。ただ、チーム間ではある種の競争意識というか緊張感はありました。余談ですが、私の今の会社であるエンジンズには以前のKOFチームのメンバーがディレクターとしています。

JM:ちゃんとやっていけているんですね。

足立:うーん、私は彼の上司だから彼には嫌われてると思うけど、私は好きですね。

JM:『サムライスピリッツ』のRPGの開発にも携わっていましたか?

足立:「いいえ」と言いたいところですが、携わってました。

JM:シリーズを通して、カバーアートにはたくさんのアーティストが使われてきました。それだけアーティストを切り替えた理由はあるのでしょうか?

足立:我々の開発チームとは別にゲームの宣伝に携わっているデザイン・マーケティング・チームがあって、そこがパッケージのデザインも担当していたのです。そのため、パッケージとゲーム内のヴィジュアルとが異なるのです。

しかし、後の方になると、開発チームに北千里というアーティストが配置され、彼女がゲーム内のヴィジュアルも広告用のものもデザインするようになりました。後の方のゲームがヴィジュアル面で一貫しているのはそういう理由があるからなのです。「北千里」というのは彼女の住んでいた場所の名前です。それがペンネームなのです。

 

偉大な先人たち
足立氏は以下の4つのゲームが『サムライスピリッツ』の開発においてインスピレーションを与えたという。
・ストリートファイター2:当たり判定の処理について
・モータルコンバット:雰囲気のある真剣勝負について
・KLAX:エフェクトと音声の衝撃が好き
・ドラゴンスピリット:タイトルのアイデアに

 

JM:ガルフォードの話をしましょう。『アメリカン忍者』という映画をご存知ですか?そこでのアメリカ人の忍者*4はダサいのですが、ガルフォードは犬を連れているのでかっこいいのです。

足立:最初、私は服部半蔵をデザインしたのですが、別の同じような忍者キャラを作ろうと考えていました。その当時、私の妻が『動物のお医者さん』という漫画を読んでいて、その主人公がシベリアン・ハスキーを連れているのです。私はガルフォードを女性に受けるキャラクターにしたかったので、『動物のお医者さん』からガルフォードへのインスピレーションを得たのです。

*4:余談であるが、アースクェイクもアメリカ人の忍者(ただし浅い)である。

JM:海外でのタイトル『Samurai Shodown』はなぜおかしなスペルになっているのでしょうか?

足立:それはアメリカの販売会社から提案されたのです。『スピリッツ』ではゲームの内容を示していないため、”Showdown”(*「対決」の意味)という言葉を代わりに使う提案を受けました。そして当時『将軍 Shogun』という映画が人気だったため、それをもじって『Shodown』というタイトルにする提案も受けていたのです。

JM:ネオジオポケットカラーに『真サム』を開発したのも「侍組」ですか?

足立:うーん、記憶にございません。確認してからお知らせいたします(笑)。私が唯一覚えているのは、そのときのことを何も覚えていないことです。NEOGEOでの開発にストレスがなかったか、という質問にも通じるのですが、NEOGEOでの開発ではさほどストレスは感じなかったのですが、ポケットカラーでは非常に感じていました。ストレスを感じていたのはポケットカラーのスペックの低さで、当時ゲームボーイカラーがとても売れていて、劣っているハードでそれらに対抗せねばならなかったのです。

おそらく、ワンダースワンの開発チームと話が合うと思います。おそらくどちらも劣ったハードで仕事をした経験があるでしょうし、少し飲むだけですぐに意気投合することでしょう。

ネオジオポケットカラーの広告コピーは”I’m not a boy!”と任天堂のゲームボーイを意識したものでした。NEOGEO広報チームはマーケティングを通じて直に任天堂に喧嘩を売ることを選んだため、開発者にとっては非常にストレスが高かったのです。

 

とにかく、アニメ

JM:『獣兵衛忍風帖』は見たことありますか?

足立:はい。

JM:『サムライスピリッツ』の公式アニメは『獣兵衛忍風帖』の1年後ぐらいに始まるわけですが、私には『獣兵衛忍風帖』のアニメスタッフは『サムライ』からインスピレーションを得ていると感じました*5。どう思いますか?

足立:そうですね。『獣兵衛忍風帖』と『るろうに剣心』は『サムライ』の影響を受けているといつも思っていました*6。楽しかったのは、『サムライ』を作っている間、『るろうに剣心』の作者である和月伸宏先生に影響を与えており、同時に我々の仕事にも和月先生の漫画の影響が見られたことです。個人として和月先生に会ったことはないのですが、ゲームと漫画の同時並行で歴史フィクションに取り組んでいたことは面白かったです。

*5:『獣兵衛忍風帖』の公開は1993年6月5日より、『サムライスピリッツ』の稼働は1993年7月7日より。英語圏ではその後公開となったため、このような質問になっていると思われるが、曖昧である。
*6:『獣兵衛忍風帖』には2003年の続編も存在する。

 

JM:欧米市場に対応して血しぶきの表現等が規制されたことに何か強い感情を持っていましたか?

足立:血が赤から緑に切り替わったことにはものすごく違和感がありました。元のコンセプトであったモンスターゲームの呪いですね(笑)。

JM:花諷院和狆(*かふういん にこちん)は格闘ゲーム史上において忘れられないキャラの1人です。どうやってこのキャラができたのでしょうか?あなたのオリジナルのアイデアなのでしょうか?『獣兵衛忍風帖』の濁庵にとても似ていると言われています。

足立:侍組はアニメスタジオ・マッドハウスのファンでした。そして、『獣兵衛忍風帖』は川尻善昭監督によるマッドハウスのアニメです。そのため、我々はマッドハウス作品から大いに影響を受けたものです。当時はアニメ、漫画、ビデオゲーム産業がそれぞれ成長過程にある楽しい時期で、お互いに影響しあっていたのです。

「かふういんにこちん」という名前はゲーム開発中は我々がコーヒーとタバコ中毒になっていたことから来ています。それぞれ、「カフェイン」「ニコチン」を漢字で当て字したものです。でも、私はもう喫煙者ではありません。

JM:健康的ですね!

 

幻庵についてアレコレ

JM:後回しにしてきた質問ですが、なぜ最高のキャラクターの1人である不知火幻庵は『真サム』以降出なくなってしまったのでしょうか?

福井:他のキャラに比べて日本国内では人気がなかったからです。そして新しいゲームをつくるとき、人気に応じて前作のキャラを取り除くのです。特に『斬サム』の開発ではキャラクターデザインを大きく刷新しようとしていたので、幻庵は除外されたたくさんのキャラのうちの1人となっているのです。

JM:それでも納得がいきません…。

福井:足立さんはどのキャラを除外するか選ぶ担当せねばならず、彼も幻庵を愛していました。

JM:幻庵は自身のタイトルを持つに値するキャラでしょう。

足立:それはつまり、『幻庵スピリッツ』とか?

福井:私も彼のことは好きです。

JM:彼は最も一般的ではないデザインの1つで、神話に出てくるゴブリンのような格好をしています。全身緑色で、背が曲がっていて。幻庵をつくったときのことについて掘り下げましょう。

福井:それについては足立さんに訊いたほうが良いでしょう。幻庵ステージの背景についていえば、大きな煮立った鍋があるでしょう。今だから言えることですが、中にはエイリアンの骨が入っているのです。幻庵は地球を侵略しようとするエイリアンを撃退してきた不知火一族の1人なのです。これが開発チームの間で共有されていた幻庵の裏ストーリーでした。

ビジネスに取り組む

JM:SNKがSNKプレイモアに吸収されたことを除いて、『サムライ』の開発に影響を与えた大きな出来事は何かありましたか?ハードウェアやビジネスモデルの変化のような。

足立:ビジネスについて言えば、全てのゲーム会社は自然と予算を中心に回るようになりましたね。『サムライ』がリリースされたときの当時は、ゲーム産業は指数関数的に発展していましたし、ゲーム製作は高い利益を出すものでした。そのため、制作側にいる開発者は会社が必要とする予算の額には無頓着だったのです。『サムライスピリッツ 天草降臨』まで、予算限度や締め切りなどなかったのです。これは『サムライ』だけでなく、全てのSNKのタイトルに言えたことです。そのことが開発目線での最も大きな変化ですね。

JM:(*予算限度が設けられたことは)SNKが赤字を出し始めていたからですか?

足立:いいえ、それは会社がビジネスコンプライアンスと予算管理の専門家を入れ、財務予算の監視を決めたからです。それまでゲーム産業には予算の概念がほぼなかったのですから。

それまで、考えついたアイデアをすべて導入してきました。100万円かかろうが、1億円かかろうが気にしていなかったのです。しかし、予算限度と締切のもとでは、私はゲームに入れる要素を取捨選択する必要が出てきました。それはゲーム開発の革新的な面の勢いを殺すものでした。

JM:つまり、開発の構造が変わったのですね。

足立:はい、でもこれらのことはもちろん、会社が急速に成長しているときや、ゲーム産業の発展に伴って必要な措置なのです。別の比較的早めの変化は、西山隆志 (ストリートファイター開発者で現ディンプス社代表取締役) が入社してきたときでした。西山と彼のチームがカプコンから来た時、新しい開発サイクルとスタイルをSNKに持ち込んだのです。それが大きな変化をもたらしました。

彼は私がやがて『サムライ』に変化するモンスターゲームに取り組んでいた頃に入ってきました。彼はカプコンスタイルのビジネスモデルをSNKに持ち込み、ゆっくりと浸透させていったのです。

JM:あなたは西山氏によってより組織的な開発者となったのですか?

足立:ゲーム産業において私に影響を与えた人が3人います。西山はその中の1人です。もう1人は岡本吉起(元カプコンのベテラン開発者で、ゲーム・リパブリック社設立者)で私がカプコンにいたときに師事していました。3人目は『スマブラ』や『カービィ』を作った桜井政博です。西山はその中でもクリエイターとして大きな影響を受けました。西山本人はそう思ってないかもしれませんが、とにかく大きな影響を受けたのです(笑)。

JM:新たな『サムライスピリッツ』が開発されているという噂もありますが、あなたの会社のエンジンズ社も関わっているのでしょうか?

足立:いいえ、我々は関わっていません。しかし、今回このインタビューに応じたのはオリジナルの『サムライ』開発チームがまた再結集して新しいゲームをつくりたいからです。再結成に興味があることを知らせたかったのです。『サムライスピリッツ』は25周年、そして30周年に至ろうとしています。なので何かしらの形でオファーがあることを期待しています。我々はもう一つ『サムライ』をつくるつもりはありません。しかし、『サムライ』のオリジナル開発チームで新しいゲームをつくりたいのです。

JM:それはいいですね。それに関して、あなたはSNKと仕事をしたいのですか?それとも単に一般の興味を喚起しているだけなのでしょうか?

足立:SNKには話していません。単に興味を刺激したいだけです。

JM:エンジンズ社には『サムライ』のオリジナル開発メンバーが多くいるのではないですか?

足立:そうです。エンジンズ社は元『サムライ』とKOF、そして『ロックマン』の開発メンバーで形成されています。

JM:全員を呼び戻したいのですね?

足立:はい。多くのメンバーは既にエンジンズ社にいます。エンジンズ社は私の会社ですが、会社の仕事よりプロジェクトや開発メンバーを再結成ことの方を気にしています。「前『サムライスピリッツ』開発チーム」としてのプロジェクトを立ち上げたいのです。

昔の侍組メンバーとは今も連絡を取り合っていますし、今でも親しい友人です。我々はオリジナルの『サムライ』開発チームを再集結させ、新しいゲームをつくりたいと思っています。ゲームは剣や格闘によるアクションゲームと、仏教や神道の思想を盛り込んだ精神的なテーマとを組み合わせたものを考えています。そして我々は『サムライスピリッツ』がリリースされてから25周年、30周年(2018年と2023年)を祝えることを楽しみにしています。『サムライ』が世界に日本文化を伝える一端を担っていると考えることが楽しみなのです。

 

(翻訳:テツロー)

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